多能工とは?
多能工(たのうこう)とは、1人の労働者が複数の異なる職種や作業をこなす能力を指します。例えば、工場で機械操作だけでなく、保守や品質管理も担当する人や、オフィスで文書作成だけでなく、データ分析や顧客対応もこなす人などが該当します。
では、多能工はなぜ生まれたのか、背景や対義語の単能工について触れていきます。
単能工との比較
単能工とは、1人の労働者が1つの作業をこなす能力を指します。例えば工場での機械操作や特定の生産ラインでの作業、特定の医療分野での医師や看護師などが、単能工の例です。
活用の背景
多能工が活用されるようになった背景は、産業革命以降の労働環境の変化に関連しています。産業革命により、機械化や大量生産の導入による効率化が進み、労働者には単純作業から複数のスキルを要する作業への適応が求められるようになりました。
特に第二次世界大戦後、工業化が急速に進展し、戦後復興や経済成長に伴い、多様な職種や業務が生まれました。この時期、労働者が単能工から多能工へとシフトする必要性が高まりました。
また、技術革新や情報化の進展、労働市場のグローバル化や競争の激化も多能工の重要性を増大させました。一人の労働者が複数の役割を果たすことで、企業は市場の変化に迅速に対応し、競争力を維持することができるようになりました。
このような背景から、多能工は現代の労働市場に求められるようになったのです。
多能工が求められる業種
1つの作業だけでなく、複数の業務を一人がこなせることが有利になる業種にはどのようなものがあるでしょうか。本章では、多能工が求められる業種を紹介します。
製造業
特に多能工が求められる業種は製造業です。製造業は、市場の変動や顧客のニーズに迅速に対応する必要があるため、柔軟性と効率性が求められます。
製造業では技術革新が進み、新しい機械や技術の導入が頻繁に行われます。その際、複数の作業や機械操作をこなせる多能工がいれば、迅速に対応でき、ラインの変更や調整がスムーズに行えます。
また、労働者のスキルが多様であるため、欠員や急な退職が発生しても、他の労働者がその業務をカバーできるため、業務の停滞を防ぐことができます。
以上のように、多能工は製造業において生産性向上、コスト削減、新技術への迅速な適応など、多くの利点を提供するため、非常に求められています。
旅館業
旅館業でも多能工は求められます。旅館業は、宿泊客に快適な滞在を提供するために、多岐にわたるサービスを必要とする業種です。
例えば、旅館業はお客様との直接的な接触が多く、ホスピタリティが求められます。フロント業務だけでなく、清掃、食事の配膳、観光案内など、多様なサービスを提供する必要があります。
また旅館業では、繁忙期と閑散期の差が大きく、スタッフの労働量も変動します。緊急時の対応力も求められます。さらに、旅館業ではお客様のニーズが多様化しており、個別対応が求められることが増えています。
多能工は、幅広い視点でお客様のニーズに応えられる能力が求められます。
小売業
多能工は小売業でも重宝されます。小売業は、顧客への直接的な対応が多く、幅広い業務を効率的にこなすことが求められる業種です。
まず、小売業には販売、在庫管理、接客、レジ業務、商品陳列、店舗清掃など、多岐にわたる作業が存在します。多能工はこれらの異なる業務を柔軟にこなすことができるため、業務の効率化とサービスの向上に貢献します。
また、繁忙期やセール時期など、特定の時期に業務量が増加しますが、多能工であれば、臨機応変に必要な業務をカバーできるため、追加の人員を雇う必要が減り、人件費の削減が可能です。
多能工は小売業において業務の効率化、コスト削減、顧客満足度の向上、柔軟な問題対応などで非常に求められています。
多能工化のメリット
多能工が適している業種はわかりましたが、多能工化するとどのような点がよくなるのでしょうか。そこで本章では、多能工化によるメリットを解説します。
業務量の不公平感がなくなる
多能工化は、業務量の不公平感がなくなる効果が期待できます。多能工でない職場では、特定の業務に精通した単能工がそれぞれの役割を担うため、業務量に偏りが生じやすくなります。
多能工化することで、こうした不公平感は解消され、接客、在庫管理、レジ業務など、複数の業務をこなすことができるため、忙しい時間帯に必要な業務を柔軟にシフトすることが可能です。
そうなると、特定の従業員に業務が集中することがなくなり、全員が適度に業務を分担できるため、公平感が高まります。従業員はお互いの業務内容や負担を理解し合うことで、協力体制が強化され、チームワークも向上します。
ニーズの変化に対応しやすくなる
多能工化のメリットの一つは、ニーズの変化に対応しやすくなることです。多能工でない職場では、各従業員が特定の業務にしか対応できないため、急な業務の変化や顧客の多様なニーズに対して柔軟に対応することが困難です。
多能工は、レジ業務、接客、在庫管理、商品陳列など、複数の業務を柔軟にこなすことができるため、急なニーズの変化にも迅速に対応できます。
また、セール期間中や特定のイベント時には接客やレジ対応が増える一方で、平常時には在庫管理や商品の補充が重要となります。
多能工化はニーズの変化に対応しやすくし、業務の効率化と顧客満足度の向上を実現するために有効です。
組織のチームワークが向上する
組織のチームワークが向上する点も多能工化のメリットです。多能工でない場合、各従業員が特定の業務に専念するため、他の業務に対する理解が不足しがちです。
これにより、業務の連携がうまくいかず、部門間のコミュニケーションが希薄になり、チームワークが低下することがあります。しかし、多能工の従業員は複数の業務を経験し、全体の業務フローを理解しているため、異なる役割間の協力が円滑に進みます。
また様々な業務を共有することで、従業員は互いの役割や課題を理解しやすくなります。これにより、助け合いの精神が育ち、協力体制が強化されます。
以上のように、多能工化は従業員間の相互理解を深め、協力体制を強化することで、組織全体のチームワークを向上させます。
多能工化のデメリット
多能工化をすすめるとさまざまなメリットがあることはわかりましたが、多能工化はよい点ばかりではありません。本章では逆の、多能工化によるデメリットを紹介します。
当初の育成にコストがかかる
多能工化のデメリットの一つは、当初の育成にコストがかかることです。多能工を育成するためには、従業員が複数の業務を習得するための時間とリソースが必要です。
これらの準備と実行は、企業にとって負担になる可能性があります。そもそも、従業員が新しいスキルを習得するためには、通常の業務時間の一部を研修やトレーニングに割く必要があります。
また、研修の質を高めるために、専門のトレーナーを雇用したり、外部の研修プログラムを利用したりすることも必要です。
しかしながら、すべての従業員が多能工としてのスキルを効果的に習得できるわけではありません。多能工化の育成には初期投資としてのコストがかかるのと、失敗のリスクが生じることがあります。
運用後もマネジメントが必要
運用後も継続的なマネジメントが必要となる点は、多能工化のデメリットです。多能工化を成功させるためには、従業員のスキル維持や適正配置、業務の進捗管理など、継続的なサポートと調整が欠かせません。
複数の業務をこなすためには、各業務に関する知識やスキルを継続的にアップデートする必要があります。しかし、日常業務に追われる中でスキルの維持や向上が怠られると、業務の質が低下するリスクがあります。
また、従業員それぞれの得意分野や適性を見極め、最適な配置を行うことは容易ではありません。
以上のように、多能工化の運用後もマネジメントが必要であり、スキル維持、適正配置、進捗管理などの継続的なサポートが欠かせない点は、企業側の負担になる可能性があります。
適切な評価制度が必要
多能工化のデメリットの一つは、適切な評価制度が必要になることです。多能工化を推進することで、従業員は複数の業務をこなすようになりますが、それに伴い評価が複雑化します。
評価基準が不明確だと、従業員は何に重点を置いて働くべきか分からず、モチベーションの低下や業務効率の低下を招く可能性があります。
適切な評価制度がないと、ある業務に対する努力や成果が過小評価され、他の業務が過大評価されるなど、不公平感が生じることがあります。
以上のように、多能工化には適切な評価制度が欠かせませんが、これを整備し運用することは容易ではありません。
多能工化を進める4ステップ
多能工化することのメリットやデメリットを理解した上で、多能工化するにはどのような手順ですすめるとよいでしょうか。そこで本章では、多能工化を進めるステップを4つにわけて紹介します。
業務内容の精査
多能工化を進めるステップの1つめは、業務内容の精査です。業務内容の精査が必要な理由は、各業務の詳細を把握し、どの業務を誰がどのように担当するのかを明確にすることで、効率的かつ効果的に多能工化を実現するためです。
まず、業務内容の精査により、現在の業務フローを詳細に理解します。次に、各従業員が現在どの業務を担当しているのか、どの業務にどの程度熟練しているのかを明確にし、適切なトレーニング計画を立てます。
この流れで、効率的なスキルアップが実現し、多能工化の過程を円滑に進めることができます。
業務内容の一般化
多能工化を進めるステップの2つめは、業務内容の一般化です。このステップでは、各業務を一般化し、共通の手順や基準を確立することが重要です。
これにより、異なる従業員が同じ業務を行った際にも一貫性を保ち、効率を向上させることができます。
業務内容の一般化が必要な理由は、まず、業務の標準化と品質管理を実現するためです。各業務において一貫した手順や基準を設けることで、作業の品質を均一化し、顧客満足度を向上させることが可能です。
例えば、接客の流れや商品管理の手順を明確に定めることで、サービスの質を一定に保つことができます。業務の標準化により、品質の向上、効率化が実現され、組織全体の運営効率が飛躍的に向上します。
育成計画の作成と実行
多能工化を推進するステップの3つめは、育成計画の作成と実施です。このステップでは、従業員が複数の業務を遂行するために必要なスキルや知識を習得させる計画を立て、実行することが重要です。
これにより、多能工化を効果的に進めるための基盤を整えることができます。
まず、各従業員に対して、多能工化を実現するための具体的な目標を設定します。例えば、ある期間内に特定の業務を習得する、特定のスキルレベルを達成する、といった具体的な目標を設定します。育成目標に基づいて、適切なトレーニングプログラムを設計します。
これには、トレーナーによるOJTや、外部の研修プログラムの活用、オンライン学習プラットフォームなども活用します。プログラムは段階的に進め、従業員が確実にスキルを習得できるよう計画します。
評価と振り返りを実施
多能工化を推進するステップの4つめは、評価と振り返りの実施です。設計したトレーニングプログラムを実施し、従業員の実際の学習と成長を観察・評価します。
定期的なフィードバック評価により、進捗状況を把握し、必要に応じてプログラムを調整します。実行後は、育成計画の最終的な成果を評価し、従業員が設定した目標を達成したかどうかを確認します。
達成した従業員には認定や報酬を与え、次のステップに向けてのモチベーションを維持します。多能工化の実施後も、業務内容や市場環境の変化に応じて育成計画を定期的に見直し、改善を図ります。
新たな技術や業務手法の導入に対応するために、従業員のスキルアップを継続的に支援します。
多能工の実例
多能工とは何かはわかりましたが、実際の現場ではどのように仕組みが取り入れられ、運用されているでしょうか。そこで本記事では、多能工がどのように実践されているか、実例を紹介します。
【製造業】トヨタホーム株式会社
トヨタホーム株式会社はトヨタ自動車のグループ会社で、住宅部材を製造する会社です。注文住宅の製造や、リフォームに携わる工場で、多能工化を実践しています。
工場で完成間近まで製造して、現場に取り付ける手法で効率化を図っているのが特徴的です。繁忙期と閑散期の差が出る際は、現場に出る人数と工場に充てる人員を采配できるよう、熟練工も新人でもどちらも対応できる人材育成を実践しています。
また、インターネット回線の配線ができる人員も確保するなど、これまでにない新しい業種の育成や、人材を柔軟に配置できる体制を整えようとしている点にも特徴があります。
参考:
日本経済新聞『トヨタ式の住宅部材生産、「多能工」育成で進化』
【旅行業】株式会社星野リゾート
株式会社星野リゾートは、全国に店舗を構える大手のホテル会社です。ホテルの業務は、接客では、フロント、客室、レストランなどがあり、清掃、調理など多岐にわたります。
通常、これらの業務を横断的に行うにはかなりのスキルが必要ですが、星野リゾートでは、すべてを担当できることを目指して育成をしようとしています。
まず、仕事の空き時間ができないようなシフト構成にし、一人がさまざまな職種で活動できるように教育した結果、お客様の声を聞ける機会が増やせました。そこで気づけたお客様の声を活かすことで、顧客満足度も高めることができたのが大きな成果です。
さらに、習得度や実践度を数値化して評価するシステムも工夫し、多能工化による効果の測定や改善も欠かさず行えているところは大変参考になります。
参考:
ニューススイッチ『星野リゾートはなぜ強いのか。社長・星野佳路が語る「成功の条件と世界戦略」』
【小売業】ヤオコー
ヤオコーはスーパーマーケットを展開している会社です。スーパーの業務も、レジや品だし、惣菜製造、清掃等、多岐にわたります。特に夕方などはレジが混雑しがちなので、いかに多能工化できるかは重要です。
そこで混雑する時間帯はレジを増員し、惣菜製作が手薄になっていればそちらに回れるなどが対応できる人員確保が課題でした。業務が忙しい時に柔軟に対応できる多能工を実践している会社です。
参考:
ヤオコー 事業内容
まとめ
本記事では、多能工の意味や背景を紹介し、多能工が求められる業種や、実践のメリットデメリットを紹介しました。また、多能工化するステップや、実例も紹介しています。多能工を適切に取り入れ、課題解決に役立ててください。